昔、政府が言ってたよね。この先ソフトウェア技術者が「何十万人」不足するって。
84年に通産省は「90年に60万人のソフトウエア技術者が不足する」と予測した。この数値は後に「2000年に97万人が不足」と修正された。しかし、産業側にも政府側にも、要員の質についての意識が希薄であった。
真髄を語る - 日本のソフトウエア産業、衰退の真因:ITpro
ITバブルになってソフトウェア業界ではこの手の話はなくなったけど、代わりに違う業界で同じような話が代わる代わる出てるみたい。
そして、政府は言わなくなったけど、SIerの現場ではずっと「人数」が足りないと叫ばれ続けている。
もちろん僕みたいな若造が指摘するまでもなく、多くの人たちが動いていることはわかっているけれど、きちんと言っておこう。
足りないのは「人数」じゃないんだよ。
ドラッカーも言ってるじゃない。
「生産性の本質を測る真の基準は量ではなくて、質である」
「知識労働の価値は量で測定するものではない。また、それはそのコストで決まるものでもない。知識労働は、実はその結果、つまりその効果によって決定されるものなのである」
たとえば折り鶴を作るとして、1人1日10羽折れるなら1人を3人に増やせば3倍の量で生産できる。
だけど、知識労働はそうならないことは失敗プロジェクトの多さが物語ってる。
ソフトウェア業界だろうが他の業界だろうが、知識労働なら人数が何万人足りないなんて指標はありえないんだよ。
やるべきことは業界の労働人数を増やすことじゃない。
どんな業界でも「単におもしろいから」とかでその業界の仕事をやっている人たちがいる。
そういう人たちにどれだけ没頭できる環境を与えられるか。
そういう人たちの邪魔をどれだけなくせるか。
「和」という言葉があるけれど、誤解されてる。
どこのプロ(スポーツでいい)の世界で、誰でもチームに入れるところがある??
選手は、「ここでプレーする資格」を自分で証明してる。
それを証明してこそ、チームに受け入れられる。国籍とか性別とか過去とか関係なく。
僕自身のことは思いっきり棚に上げてるけど。
僕もこの業界におもしろさを感じてる。
「もっとうまくなりたい」といつも考えてるし、牛歩だけど行動はしてる。
「もっとうまくなりたい」人にどんな場を提供するかが、業界の、会社の、現場のやるべきことじゃないかな。